Sae Lee ~From Paris~

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今年のConservatoire National Supérieur de Musique de Paris(パリ国立高等音楽院)の
ピアノ科の入試が昨日、終わったようです。
毎年、2月のヴァカンス期間中に入試が行われています。

のだめカンタービレの影響か
最近、入試のことを聞かれることが多いので簡単に書きたいと思います。

まず年齢制限について。
入学時点(10月1日)で22歳になっていてはいけません。

例えば、私の場合は、1982年6月30日生まれですので、入学試験を2003年2月(大学2年生)に
受けたときは、20歳、そして入学時の2003年10月(大学3年)には21歳でした。

ですので、次の年の10月には22歳になっていたため、
このときが最後のチャンスだったというわけです。

ですが、日本と違い、10月始まりなので、10月以降に生まれた人は、
10月以前に生まれた人よりもう1年受験することができます。

例えば、1982年10月2日に生まれた人は、2003年2月(大学2年)に受けたときは20歳
入学時の2003年10月1日にもまだ20歳ですので、次の年も受けれるという事になります。
2004年の2月の受験時には21歳、日本では大学4年ですが、2004年10月1日の時点では
まだ21歳ですので大学4年に在籍していますが、受験可能という事になります。

何人か、10月1日以降に生まれた人で、大学4年生の後期と、コンバトの1年生の前半を
かけもちで行き、日本の大学を卒業した人もいます。


入試を受けるためには、まず10月ごろより、学校のホームページ上で前登録(Pré-inscription)を
受け付け始めるので、必要事項を入力するとその住所に入試要項を送付してもらえます。

フランス語で書かれていますが、名前、住所、自分の専攻等、簡単なことしか記入しませんので
辞書片手に調べても、大丈夫だと思います。

あとはそこに記されている通りに、期日までに書類を送り返し、
受験料を払い込むと呼び出し日時が送られてきます。
この時に、希望教授の名前を書き提出する用紙が同封されており
第3希望まで書く欄があったと思います。
ちなみに、私が受験したときは、戸籍謄本を法定翻訳したもの等も必要でした。

たいてい2月の初めに聴音、ソルフェージュ、その1週間後に1次試験、
また1週間後に2次試験 という感じのスケジュールになっています。

まずは、予備審査という形で聴音とソルフェージュのテストがあり、
確か60点以上を取れると実技の試験を受けることになります。
90点以上を取った人は、もしその年に合格せす、翌年受けたい場合は
聴音とソルフェージュのテストは免除されるそうです。

呼び出し状などの書類が学校から送られてくるときに一緒に
過去問題が送られてきますので、大体どんなものが出るのかは前もってわかります。


聴音
日本の大学入試のソルフェージュに比べるとかなり簡単なのできちんと勉強していれば
全く問題ないと思います。あくまでも、まったくできない人をふるい落とすようなレベルです。
ただ、拍子や小節数などフランス語で聞き取れないといけないので、
フランス語での言い方を習っておいたほうがいいかもしれません。

私の時はメロディー、和音、4声体、無調の書き取り、調とカデンツを答える問題がありました。
カデンツの名前(完全終始、半終始など)もフランス語で書けるようにしておいたほうが良いです。
和音の書き取りなど、一つの和音を5回ほど弾いてくれるのですが、毎回、ラの音をくれるのには
驚きました。


ソルフェージュ(新曲視唱)
歌は伴奏の人がいてそれに合わせて歌曲っぽいものをドレミで歌います。
あともうひとつ「リズム歌い」があります。
これはドレミで音程をつけずに言うのでもいいし(なんかお経を唱えているようになりますが)、
タやラなどで言っても何でも大丈夫です。
途中で、拍が変わることなどがあるのでそこさえ、
しっかり予見の時に押さえておけば問題ないと思います。
何分か、予見の時間を与えられるので、どちらかに偏よらないように、
うまく時間配分して、歌もリズムもまんべんなく予見できるようには
注意した方がいいかもしれません。

実技
1次試験
①バッハの平均律1~2巻、またはショスタコーヴィチのプレリュードとフーガより、
フーガのみ1つ(プレリュードはナシ)
②エチュード2曲 1曲はショパン、もう1曲はその他の作曲家のもの(当日1曲指定)
③自由曲2曲 1曲は古典~ロマン派、もう1曲は近現代(当日1曲指定)

自由曲は10分程度の曲と思っておけば良いと思います。
私の時は、試験の雰囲気がかなり良かったので、わりとリラックスして演奏できました。
部屋に入ると、こんにちわ、ではエチュードはこちら、
曲はこちらを演奏してくださいと言われました。
自分の出番前には、練習室で練習させてもらえます。
試験官は、ピアノ科の教授は参加できないそうで、外部から3名、そして学校関係者
(アナリーゼや作曲の教授等)から2名が参加すると聞いていますが定かではありません。

フーガは、全曲演奏しましたが、エチュードと、自由曲は長いものだとカットされます。
私は、エチュードにリストのパガニーニによる大練習曲の第2番を演奏しましたが
再現部前で止められ、では自由曲を演奏してくださいと言われました。
自由曲には、ショパンのバラードの1番を演奏しましたが、こちらも2回目に第1テーマが
出てきたあたりで止められたと思います。

だいたい、180名ほどが1次予選に参加し、ここで60名ほどになったと思います。


2次試験は、2ヶ月前に発表される課題曲、2曲と初見です。
私のときの課題曲はシューベルトの即興曲のOp142-3とドビュッシーの西風の見たものでした。
たいてい時代の違う2曲が出されるようです。
これは待っていても何も知らせてきてくれないので、自分から学校に問い合わせるか、
学校の掲示を見に行くか、またはホームページ上でも確認できます。

ただ、私の時には、ホームぺージ上にはシューベルトは繰り返しありと
わざわざ書かれていたにもかかわらず、試験当日、一人目の演奏者が繰り返しありで
演奏したところなんで、繰返しをするんだ!と審査員に言われ、
繰り返しがその次の人からなくなったのですが、直前に言われたのと、
変奏曲で常に1カッコ、2カッコと繰り返しがあるので混乱した人もいたのではないかと思います。

第2次試験には、もし前もってつきたい教授にコンタクトを取っていれば別ですが
申込み時に希望した教授が、どんな生徒が自分を希望しているのかを知るために、
聞きに来ることもあります。
もちろん、コンタクトを取っている教授が聞きに来てくれることもあるようです。

入試と同じ年の6月に卒業する人の人数が、クラスの空き人数となり、
あいた人数分の新入生がそのクラスに入れることになります。
ですので、もし、誰も卒業しない場合は、クラスに入ることができないので
希望教授のクラスの空き状況は前もって聞いたほうがいいかもしれません。

ただ、どうしても、その先生につきたい場合、1年生時は第2希望の先生のクラスに在籍し
2年生になるときに、その先生のクラスの空きが1つしかなかったとしても
優先的に第1希望の先生のクラスに移ることができます。


初見は私の時は演奏試験の前日でしたが、現在はあとに、別に日にちを設けて行われます。
試験場に入る前に少しピアノ付きの部屋で楽譜を見る時間がありました。
ピアノを使ってもいいのかわかりませんでしたが、まあいいやと使いましたが
何も言われなかったので、使っても良かったようです。
私の時は、ハイドンのソナチネが出ましたが、年によっては、現代曲で無調の曲が出たり
その年によって、様々なようです。

最終的には、毎年18名ほどが合格し、2~3名補欠が発表され
合格した人の中で、入学しない人が出た場合、補欠の人が繰り上がって合格となります。

Conservatoire National Supérieur de Musique de Paris
209, avenue Jean Jaurès 75019 Paris, FRANCE
http://www.cnsmdp.fr/

ただ、これまでは、3年か4年で卒業を選べたのですが
DFS(de Formation supérieure)というシステムからLMD(Licence, Master, Doctorat)
に移行するようで3年(Lisence)+2年(Master)と年数も長くなり、色々と変更が生じるようです。
ただ、現在、移行期にあり学校自体もどういうものになるのかはっきりと提示せずなので
詳細はわかりませんが、今のところ分かっている範囲でいえば授業内容などには
あまり変更はないようです。
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ブルガリアでは、雪が降る日があるくらい寒かったのですが
パリは、今日は曇り空ですが、だいぶと温かくなってきたようで
このまま春になればいいな~なんて思っています。

ブルガリアに行く前に小中高の時の同級生がパリに遊びに来ていたので
オペラガルニエでコンサートを聞き、夕食を一緒に食べに行きました。
OperaCo 0531


ホールのシャガールの天井画です。
OperaCo 0661

ウェーベルン、ヒンデミット、ブラームスと渋めのプログラム+
まだ日本から帰ってきたばかりで時差があったので
途中、意識が朦朧とした部分もありましたが、楽しく聴かせていただきました。

友人は、エスカルゴが食べれた~と大満足だったようです(笑)

昨日は、中高の時の同級生で、ANAでキャビンアテンダントをしている友人から
フライトでパリに来る!と急に連絡があり、一緒に夕食を食べてきました。

中学や、高校の同級生とは久しぶりに会っても
何の抵抗もなく、その当時のように話ができます。

私にとって、特に高校2、3年生はとても良いクラスメイト、先生に恵まれ
学校に行くのが楽しくて楽しくてたまらなかったように、良い思い出ばかりです。

小学校から高校生までの時期を自由にのびのびと過ごさせてくれた、
帝塚山学院には、去年の7月、そして今年の1月と特別授業という形で
音楽コース生の前で演奏をさせていただきましたが、
1度きりしかない高校生活を謳歌し悔いのない高校生活を送ってほしいと心から思います。
ソフィアに8日間に滞在したのですが
とても不便だったのが、音楽院など公共のトイレにトイレットペーパーがなかったこと。

持っていった、ティッシュもそんなにもつはずはなく、ホテルの部屋についている
トイレットペーパーを持ち歩いていました。

ソフィアの音楽院は、2か所にあり、レッスンなどが行われる所と、授業が行われる所に
分かれています。レッスンなどが行われる所のほうが新しいとは聞きましたが
外から見た様子は、監獄か何かの様。
レッスン室と練習室が同じようで、大体の部屋に、2台のグランドピアノが。

Saichy Bolgaria 0111

ヤマハのピアノが1台と、古いベーゼンドルファーや、ブリュトナーなどが
置いてありました。ヤマハのほうは、傷まないようにレッスンでしか使えないそうで
鍵をいつもは閉めているそうですが、コンクールの参加者の為に使えるようになっていました。

0階(日本でいう1階)のトイレは、新しくきれいで、水洗のトイレだったのですが
練習室のある、1階、2階のトイレは、所謂トルコ式といわれる床の上に穴があいている
といったもの。日本の汲み取り式便所のような感じですが、きちんと水を流すように
なってはおり、臭いのほうもそこまでひどくはありませんでした。

今までの中で、一番最悪だったトイレは、ウクライナの首都キエフに滞在したとき。
音楽科の生徒寮での滞在だったのですが、日本の汲み取り式便所と同じで
水を流す仕組みがなく臭いもひどく、極力、水分控え目にしトイレに行かなくていいように、
そして、外出した時にトイレをすませる様にしていました。
ドアが閉まっているにもかかわらず、トイレの前を通るだけでひどい臭いでした。

日本に滞在しているとき、いつも感激するのが、特に冬場ですが
トイレの便座が暖かいこと。そして、日本滞在が終わりヨーロッパに戻ってくると
慣れとは怖いもので、トイレの便座温かいものだという慣れが、トイレに座った瞬間
見事に打ち砕かれ、あーヨーロッパに戻ってきたんだなーと変なことで妙に実感します。

と、話はそれましたが、古い方の音楽院の玄関口にこんなものが。

Saichy Bolgaria 0121

寄付金の寄贈プレートのようなものですが、
日本からの寄贈が一番多く、500,000ドルといったら日本円で5千3百万円程にもなり
こんなに寄贈したんだと、驚きました。
ブルガリアで13日より20日まで開かれていた
「第8回ソフィア国際ピアノコンクール”アルベール・ルーセル”」に参加し、
和歌山県出身で現在アメリカのインディアナに留学されている中谷政文さんと
第1位を分け合いました。

第1次、第2次予選を経て、
本選ではオーケストラとモーツァルトのコンチェルトKV.488を演奏しました。
第1次、第2次予選は、自分でも納得のいく演奏ができたのですが
本選では、自分の納得のいく演奏ができなかったので、
第1位という結果には本当に嬉しく思いますが、これからの叱咤激励と思い
人の心に届く演奏をモットーに精進したいと思います。

2006年6月27日に亡くなられたジェルメーヌ・ムニエ女史が
コンクールに携わってこられていたようで
今回の第8回はジェルメーヌ・ムニエ女史への追悼という副題が付いており、
ムニエ女史の息子さんご夫婦が特別に招待されていました。

ガラコンサートのあとに行われたフランス大使館でのパーティーで
ムニエ女史の息子さんから話しかけてくださり、
大変、演奏を気に入ってくださったようでお褒めの言葉を頂き、光栄に思いました。

ガラコンサートでは、モーツァルトのコンチェルトKV.488、第1楽章をオーケストラと
演奏したのですがその模様は、ブルガリアの国営テレビで放送されるそうで
4台のテレビカメラに囲まれてでしたが、本選での演奏よりも自由に楽しく演奏することができ
長かったようで短かったコンクールを無事に終えることができました。

Saichy Bolgaria 0311
遅ればせながら、のだめカンタービレinヨーロッパを見ての感想。

原作に沿って、コミカルに描かれており、面白く見させていただきましたが
いくつか違和感を感じたこともあったので書いてみたいと思います。

まず、のだめがレッスンの時のレッスン室のピアノのふたですが、
譜面台の部分まで閉めてレッスンというのは、疑問でした。
学校の練習室で練習するときは、お風呂のように響きすぎる部屋がいくつかあるので
あえて、ふたを閉めて練習することはありますが、
レッスンでは、譜面台の部分は開けてのレッスンです。

あと、一晩中学校で練習というのは夜10時には、
見回りに警備員が来ますし無理だと思いました。

あとは、アナりーぜの授業。
皆さん、たくさん発言をしていましたが、
あんな的確に言える人たちは少ないんじゃないかなと。
フランス人は、とにかく積極的に発言はしますが、
けっこう的外れなことを言ってることが多いのに
なんだか、日本人は遅れており、外国人は優秀だという印象を受けました。

日本人でも、フランス人でも、ほかの外国人でも
勉強したことのある人はできるし、初めて勉強する人はできないと思います。
コンセルヴァトワールは、色々なバックグラウンドを持っている人が来ているので
フランス人はできて、日本人はできないというイメージには疑問を抱きました。
もちろん、のだめだからアナリーゼをできないと風にとらえることもできますが。

しかも、1年生の時のアナりーぜのクラスは、もし、自信がない人は
外国人専用のクラスがあるので、何も分からない状態で
のだめのようにフランス人ばかりのクラスに入るということはありません。
母国語でアナリーゼできてもフランス語でなんと言うかなどが、
わからない人も多いようでしたので、まずそこからの授業をしてくれました。

ちなみに、レッスンと、アナリーゼで使われていた部屋は学校ではありませんでした。

あと、違和感を覚えたのは、学校のシーンで、東洋人のエキストラが全くいなかったこと。
テレビ的に、アジア系以外を使いたいのはわかりますが、
実際、学校の4分の1はアジア系といっても過言ではないのに
俳優さんたち以外は、見事に外国人でした。

よく、パリ国立高等音楽院の入試のことや、授業のことなど聞かれることが多いので、
そのうち、私の入試の時のことなども書ければと思います。

授業を3回無断欠席で、学校退学!なんて言う噂を聞いてびっくりしたり
(無断欠席を数回した人に、学校から勧告状が届いたのは事実だそうです)
アナリーゼの学年末試験でカンニングをし、先生に見つかった人を見て
どこでも、カンニングする人っているんだな~と変に感心したり
初見の試験の課題の一つに、楽譜を2分間ピアノの前で黙読し演奏する課題で、
私の課題はフルートの伴奏だったのですが、演奏中、最後のページに入る直前に
審査員がいきなりピアノの横に走ってき
もう1枚他のページをピアノに置かれ一瞬「えっ、何!!」と驚きましたが
どうも、どうハプニングに対処するかを見たかったようで
なんとか冷静に試験を終えたり、今となってはいい思い出です。

もちろん、学校に入学し色々と大変なことや慣れないこともありましたが
私は周りの友達や、先生方に助けられ、大変だと思いながらも
楽しく、本当に良い勉強ができたと思います。
久しぶりに、エリック・ルサージュ先生のレッスンを受けてきました。

彼は、私が在籍していた、ベロフ先生のクラスのアシスタントをされており
4年間、一緒に勉強させてもらったのですが
去年の、卒業試験前のレッスン以来だったので約8か月ぶりのレッスンでした。

自身が素晴らしいピアニスト、そして室内楽の世界でも引っ張りだこの彼ですが、
彼の室内楽の演奏を聴くと、本当に自然で、相手に合わせるとかという感覚ではなく
彼の自然な呼吸に共演者引っ張られていくような演奏、
グローブのような大きくてがっしりした手をしているにもかかわらず
羽根の生えたよな透明感のあるチャーミングな音から、太くてスケールの大きい音まで
自由自在にピアノを操っている演奏だと思います。

即興なんかもお得意のようで、たまにふざけてレッスン中にJazz風にアレンジして
即興を始めたりすることも。

そして、とてもお茶目で、包容力があり、彼のレッスンにいくと
リラックスして、自分の全てを演奏にさらけ出すことができるのは私だけじゃないはずです。

試験の1週間前のレッスンでは、うまく仕上がってるから、あんまり練習しすぎないで
映画とか見に行ってきなよ!とおしゃったり
試験前日に、僕は今日学校にいるから聞いてほしかったら
いつでも来て弾いてくれたらいいよと電話をしてくれたり、
デュオで受けた学校のオーディションの審査員に彼がおり、
いい結果が出た翌日の夜に、よかったね!おめでとう!と携帯にSMSを送ってくれたり
優しい心使いに、いつも感謝です。

朝の9時半からにしてはかなりヘビーなプログラムでしたが
一通り、プログラムを聞いていただき
本当にちょっとしたことですが、とても良いアドヴァイスをもらい大満足。

彼のレッスンの後って、なんだかうきうきした気分になるのはなぜでしょう?
うきうきしたついでに、買い物に行ってしまいました(苦笑)
今日、夕方、何の前触れもなくいきなり水が出なくなりました。

どうしたものかと、考え、お隣さんへ聞きに行くことに。
というのも、隣2軒と家の水道の元栓が同じで、
水道代の請求も3軒分一緒に隣の家に来るため、その請求書を両隣の家にコピーして渡し、
そのコピーをもらった後は、家の水道メーターをチェックし、使った分量を計算し
隣の家に小切手で使った分を支払うというめんどくさいシステムになっています。

毎年、1月、4月、7月、10月のはじめに3か月分まとめて支払うことになっているのですが
今年は、12月の13日から1月28日まで日本にいたため、支払いできずに
2月1日にようやく小切手を隣の家のポストに手紙と一緒に入れておいたのです。
しかし、その2日後にポストに、支払いがまだですという手紙が入っており
土日をはさんでおり、私が小切手をポストに入れた日と同じ日に手紙をもらったのかなと
思い、そのままにして置いた後の、突然の断水だったので
もしや、水を隣の人に止められたのかと思い、行くことにしたのです。

行って聞いてみると、小切手はちゃんと届いているから問題ないとのこと。
隣の人も、同じく水が出なくなったらしく、そのもう一軒隣の家に元栓があるため
確認をしに行ったけれども留守で、今から電話して聞いてみるから何かわかったら
知らせに行くと言ってもらえました。

しばらく家で待っていると、呼び鈴が。
外に出て行くと、隣の家の人が、その元栓のある家が何かの工事のために
水の元栓を何の了解もなく締めてしまったため、水が出なくなったけど
すぐに、元栓を開けるように言ったから、断水はすぐに解消されるからと。

その後、日本から来ている友人と食事の約束をしていたので
とにかく外出し、帰宅して確認したところちゃんと水が出るようになっていました。

隣2軒の水道の元栓が一緒で元栓を閉めたら水が出なくなるとわかっているにも関らず
私にも、隣の家にも何の了解もなく勝手に元栓を締めた、2軒隣の家の人は
いったいどういう神経をしているんでしょうか?

あまりにもの自己勝手さにあきれてしまいました。
3日前にパソコンがウィルスに感染し、すべて再セットアップする羽目に。

ウィルスと大格闘してみましたが、状況は悪くなる一方。
あきらめて、再セットアップしました。

去年の6月に、新しく買ったばかりで、きちんとファイルのバックアップも取っていたので
すべてのファイルがだめになるという大惨事にはいたらずでしたが、
日ごろから、こまめにバックアップしないとなと改めて実感。

というか、こんなものを作り出して、喜んでいる人の気持ちがわかりません。
くしくも、最近、原田ウイルスを作成した人が逮捕されましたが
世間に騒がれて嬉しかった、と供述しているとニュースで読み
騒がれているといっても、作り出した彼のことは誰も知らず、
それでも嬉しいと感じた彼に、矛盾を感じました。
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