Sae Lee ~From Paris~

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IMG_0054.jpgイタリア5日目。この日はヴェローナでのコンサートですが、朝11時からの演奏会のため9時には会場にリハーサルに。ヴェローナの街自体が中世の町並みがたくさん残っているのですが、風情のあるコンサートホールに本当に中世にタイムスリップして演奏しているような気分になりました。日曜日の午前中だったからなのか、客層としては年配の方が多い感じがしましたが、コンサートの方も好評だったようで、また来シーズンにもぜひ演奏しに来て欲しいと主催者の方から依頼を頂いたので、次回はもう少しクラシック、ロマン派の曲を演奏したいなと思いました。

IMG_00781.jpgイタリアでのコンサートも無事に終わり、一度ホテルに荷物を置きに戻り、ヴェローナの街に観光に行きました。
旧市街は2000年に世界遺産(文化遺産)に登録されたそうで、まず目を引くのが毎年夏に世界最大規模の野外オペラが開催されるアレーナ(古代ローマ時代の円形競技場)。楕円形のこの競技場は遅くとも紀元後30年頃完成したと考えられているそうですが、正確な日時は特定されていないそうで、古代ローマ時代には人間同士の闘技、そしてヴェナティオ(狩り)と呼ばれる人間対猛獣の競技が多く催されていたとされています。中世においては、定期的な催事はなかったと考えられているそうですが、1278年に200人の異教徒をアレーナで火刑に処したという記録が残っているそうです。1580年の記録では、貴族による騎馬試合の会場として利用されたと書かれており、18世紀以降は、風刺劇、馬術・綱渡り等の曲芸(今でいうサーカスのような感じでしょうか?)、バレエなど興行などに利用されていたそうです。そしてその後1913年にヴェルディ生誕100年を記念して野外オペラフェスティバル企画され、戦争により2度の休止期を除いて、今も世界最大規模の野外オペラフェスティバルの開催地として、夏にたくさんの人々がこの地を訪れるそうです。

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他には、ヴェローナの街はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の舞台であり、ジュリエッタの家は博物館になっており、ジュリエッタの像や映画や舞台でおなじみのバルコニーを一目見ようと、たくさんの観光客で溢れかえっていました。入り口部分の壁に、永遠の愛を誓ってなのか若いカップルから長年連れ添った夫婦の方々まで、色々な方が自分の名前を書いていました。

午前中はリハーサルにコンサートがあり、その後観光で歩き疲れましたが、いつもイタリアに来てもコンクールか、コンサートだけ済ませすぐにパリに戻ることしかなかったので、両親が日本から来たということもあって、こうして観光する機会を作ることができ、色々と堪能することができました。翌日はヴェネツィアに移動です。
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4日目は、CasaleからMilanoへ戻り両親をホテルに迎えに行き、少しミラノを観光し夕方には翌日コンサートが行われるVeronaへ移動しました。

IMG_0016.jpgCasaleを9時前には出発し、11時頃に両親のいたホテルに到着。まずは、ドゥオーモ (Duomo)に行くことに。かつてこのドゥオーモの周りにはバスや車などが通り、車の排気ガスのおかげで外観が汚れてしまったそうですが、近年ドゥーモ付近は一般車通行不可になり、また汚れを落とすプロジェクトが始まり、ドゥオーモ片面の清掃には5年以上かかると言われ、つい最近まで正面口がふさがれて見ることができなかったそうですが、今回はその姿を見ることができました。聖堂の内部は、とにかく壮大で尊厳で神秘的な雰囲気が漂い圧倒されました。

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その後、ドゥオーモのすぐ側にあるガッレリアに行きました。最初に1861年にデザインされ、イタリアの建築家ジュゼッペ・メンゴーニによって1865年から1877年の間に建設され、イタリア王国の初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名づけられたそうです。

ガッレリアの中には歴史ある本屋、鞄屋、宝石店や、プラダの本店、レストランが所狭しと並んでいました。ドゥオーモからガッレリアを抜けるとスカラ座がありました。その後、ガイド本に掲載されていた、ブレラ美術館の近くにあるナブッコというレストランで昼食を取ることに。海鮮素材も新鮮で、とても美味しかったです。

そして楽しみにしていた、最後の晩餐の絵を見にサンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会へ。「最後の晩餐」の見学はグループごとになっており、一グループ25人が15分交代で見学するしくみになっています。電話かインターネットから前もって予約しておかないと、チケットの入手は困難だと聞いていたので、12月頃からインターネットでチェックしていたのですが、2月までの分は予約できるのに3月のチケット予約は2月に入ってからと記載されていました。2月まで待ち、ホームページをチェックすると、3月分のチケットはもうありませんと表示されるので、直接電話をしてみましたが、いつ電話しても話し中でつながりません。仕方がないので、メールでも問い合わせ、毎日ホームページをチェックすると、ある日急に3月分のチケットが数枚予約可能と表示され、ようやくチケットを予約することができました。ちなみに、メールの回答は、チケットが予約できてから1週間後くらいに来ました。

入口から「最後の晩餐」のある食堂までは4,5枚のガラス戸で仕切られていて1,2分おきに新しいドアが開き、徐々に「最後の晩餐」へと向かって行くのですが、ドアが開くたびに少しずつ期待感と緊張感が増していきました。食堂の中、外とは全く違う空気にタイムトリップしたような感覚を覚えました。

そしてミラノでの観光を終え、18時半の電車でヴェローナへ。ホテルで夕食を食べ、翌日のコンサートのためゆっくり休みました。
イタリア3日目。コンサートは21時からなので、朝はゆっくりと過ごし昼過ぎに練習に行くと、ランチの時間帯だったからなのか会場のある建物が閉まっていました・・・。コンサートが遅いので遅めにしっかりと昼食を取ろうと思っていたのですが、仕方がないので、13時半くらいにレストランに行くと、ランチタイムは終わったからピザしかできないと言われ、またまた仕方がないのでピザを食べ、することがないのでホテルへ。すると、黒人の方が何時ですか?と道で聞いてきたので答えると、急に親しげに話しかけてき、あなたたちはとても親切だからと、亀と象の手のひらに乗るくらいの大きさの置物をプレゼントと渡されました。なんだか変だな~と思うと、そのかわりに国にいる子供の為に、施しを要求してきました。やっぱりと思い、2ユーロしか持っていないというと、5ユーロか10ユーロでいいからと急に態度が急変。あまりにもしつこかったので結局、2ユーロを渡し、亀の置物を返すことに。イタリアの小さな街にも、こんな人がいるんだなと変に感心してしまいました。

その後ホテルに戻り、少し休憩し練習へ。それにしても21時からのコンサート、ものすごく遅い始まりだなと改めて思いました。しかしさすがイタリア、21時になってもコンサートは始まりません。結局、コンサートが始まったのは21時半頃、コンサートが終了した時には、もう23時を過ぎていました。その後、小さな打ち上げがあり、驚いたことにその中には日本人の女性の方がいらっしゃいました。Casaleに住まわれているそうで、わざわざコンサートに来て下さり、まさか日本の方とお会いできるとは思っていなかったので、びっくりしました。

さて、こちらのコンサートも演奏評が掲載された新聞が送られてきましたので、略訳ですが掲載させていただきます。IlMonferrato.jpg
金曜日、観客は素晴らしい演奏者によるコンサートを鑑賞
SolivaにてDuo Rogina - Leeによる 熊蜂の飛行...  

前回の第13回カルロソリヴァ国際コンクール優勝者、Duo Kalypso ‐ Miha Rogina(saxophone), 李早恵(piano)による並はずれて素晴らしいコンサートが先週金曜日、ソリヴァのMassazaにて行われた。彼ら独自の演奏によっての特別な夜に、観客は魅了され繰り返された拍手により、2人の音楽家の才能と技術が強調されることとなった。

ジャズの要素が取り入れられた中で、音が見事に融合され、それにより正確に強い衝撃と緊張感が生み出されたP.Swertsによる”Klonos"。さらに、明白で素晴らしい二人の奏者によりプロコフィエフによるソナタOp.94 は相応しい演奏であった。鮮やかでファンファーレのような第1楽章 "moderato"、活々と楽しさに満ちた第二楽章、美しいメロディーにより歌われた”Andante”そして華々しい”Allegro”によって輝かしく締め括られた。

他には2台ピアノで有名なミヨーのスカラムーシュがサクソフォンとピアノバージョンで演奏された。“Vif"では非常に魅力的で生命力のあるリズムが広がり、続いて"modéré"では憂鬱で、大変表情豊かに歌われ、ダイナミックな"Brasileira"ではサンバのリズムと一緒に元気の良い演奏であった。そして、ヒンデミットのソナタでは、ゆっくりと"Andante”に始まり、ピアニストにとって難解な"Animato"、そして短いテーマに続き、短いフィナーレとなった。ラヴェルによりオーケストラのために編曲された、ムソルグスキーの展覧会の絵より典型的なロシアのメランコリーのきいた古城、そして二人によって見事に編曲されたガーシュインのラプソディーインブルーが演奏された。アンコールには、リムスキーコルサコフの熊蜂の飛行。(略訳)
3月12日は移動の一日。朝から荷物をまとめて、Brescia駅から10時29分の電車に乗るためにチケットを買い掲示板を見ると、キャンセルの文字が。というわけで、次の電車は12時49分。ホテルもチェックアウトしており、駅で待つこと約2時間半、ようやく電車に乗り、まずはミラノ中央駅に逆戻りし、今度はトリエステ行の電車でVercelliへ。そして、約1年ぶりに去年コンクールの行われたCsale Monferratoへ到着したのは16時近くなっていました。Bresciaから待ち時間を含め約6時間の電車の旅。距離でいえば約200Km、だいたい大阪‐岡山と同じくらいでしょうか?それにしても、待ちました。友人に借りた、横山秀夫「ルパンの消息」を待ち時間に一気に読んでしまいました。

そこからホテルへ行き荷物を置き、翌日の演奏会場で2時間ほど練習しホテルへ戻り、ようやくホッと一息つき、主催の方が予約してくれておいたレストランに夕食に行き、ゆっくり休みました。
IMG_0014.jpg11日は自宅を8時半に出発し11時20分の飛行機乗って、シャルルドゴール空港からミラノのマルペンサ空港へ。そこから、バス、電車を乗り継いでBresciaに着いたのは、18時半頃でした。コンサートは、20時45分からというなんだか中途半端な時間。どうもこの中途半端な時間は、たいていのコンサートは始まりが5分~15分程遅れることが多いので、21時にはコンサートが始められるようにという配慮だったようです。約400人が収容できるコンサートホールは響き具合もとても良く、満場のお客様に来ていただき私たちも楽しく演奏させていただきました。

後日、主催の方から新聞に掲載された演奏会批評が送られてきましたので略訳ですが掲載させていただきます。
Bresciaoggi1.jpgGIAのセカンドコンサートシリーズに、サクソフォン奏者Miha Roginaとピアニスト李早恵によって結成されたDuo Kalypsoが登場し、素晴らしいコンサートが行われた。

コンサートはまず、アルトサクソフォンによって、ミヨーのスカラムーシュより始まり、ヒンデミットのソナタへと続いた。二人の音楽家は両曲を通し、素晴らしい音楽性、魅力的なサウンドを持ちながらバランスの良いアンサンブルを聴かせた。そして、続いてムソルグスキーによる古城が演奏された。この曲は、展覧会の絵の中の一曲で、アルトサックスとピアノの為に編曲されたものを温かいサウンドとノスタルジックな雰囲気の中、演奏された。そして、続いては、サクソフォンとピアノの為にP.スヴェルツによって書かれたクロノスを聴いた。この曲では、一般的にイメージされるサクソフォンのジャズや、スウィングの要素が取り入れられ、超絶技巧を用いて、活気のある濃密な演奏であった。

第2部は、プロコフィエフによるソナタOp.94、そして最後にガーシュインのラプソディーインブルーが演奏された。ガーシュインは、3種類のサクソフォン(ソプラノ、アルト、テノール)とピアノによるデュオの興味深い編曲によるもの。二人はこの曲の持つフォームを崩すことなく、Roginaはホールいっぱいにヴィルトゥオーソで良質な表現を響かせ、李の思慮がありながら大胆で力強い表情たっぷりの演奏でバランスの良い活気のある演奏であった。

満場の会場から雷鳴のような拍手に呼ばれ、アンコールにはリムスキーコルサコフの熊蜂の飛行が演奏された。(略訳)
11日にイタリアに出発し4回のコンサートを無事終え、21日にパリに戻ってき、22日のパリでのコンサートも無事に終わりました。演奏会にはたくさんの方々が来場下さり、立ち見の出たコンサートも。お客様の反応もダイレクトに伝わってき、私たちもとても楽しく演奏することができました。

IMG_0056.jpg今回はこうして、イタリア、スロヴェニア、フランスとコンサートが続いたので、それに合わせて日本から両親がやってきました。14日にミラノで合流し少しミラノを観光し、その日のうちにヴェローナへ。翌日は、日曜でマチネの公演だったので、朝9時に会場入りし11時からのコンサートでした。コンサート会場には、このコンサートホールでモーツァルトが1770年に演奏したというプレートが飾ってありました。もちろん、色々なところを修復し今のコンサートホールになっているのでしょうが、モーツァルトと同じ場所で演奏することができたの言うのはなんだか感慨深いものがありました。

少しづつ、旅の記録をアップしていきたいと思います。
先日ニュースで近視矯正するレーシック 19歳女性、失明も 銀座眼科、手術後67人感染症というものがありました。実は私もレーシックの手術を2006年の8月に受け、それ以来はコンタクトにも眼鏡にもお世話にならない、快適な裸眼生活を送っています。色々な人に、眼を手術するなんて怖くなかった?や、痛くなかった?など聞かれることがあります。私はたまたまインターネットで見つけた実家から徒歩10分ほどの所にあった病院で手術を受けたのですが、手術前後のケアもしっかりしており、いまだに定期健診の時期になると病院から定期健診に来て下さいという電話があります。院長先生は女性の方ですが、とてもしかっりした先生で手術にも安心して臨むことができました。

10歳の時から眼鏡をかけ13歳からコンタクトレンズを使用していましたが、一生眼鏡とコンタクトレンズにかかる費用を考えると、こうして手術を受けた方が金銭的にも安く付くと思いますし、なによりもこの快適さは何物にも代え難いものです。特に譜読み、伴奏や初見の時には瞬きの回数がかなり減り、コンタクトの時は眼が乾いて支障が出ていたのがなくなり、とっても楽になりました。手術の費用は病院によってかなり幅がありますが、手術に使用している器械や、病院の評判、診断の時の印象等、色々と考慮して安いからという理由だけではなく慎重に選ぶだけで、かなりリスクを抑えることができると思います。

何事にもリスクがあり、手術前には確か契約書にもサインしたと思うのですが、私が少しの不安も抱かずに手術に臨めたのは、やはり病院側の説明や診断時の印象が良く、こちらが聞いたことに対しても納得するまで話ができたのが大きいと思います。

消毒機器の衛生管理や、医師の手洗いが不適切だったことなどが原因で今回こういうことが起こったのではと言われていますが、医師にとっては何千回、何万回とする手術のうちの一人かもしれませんが、私たちにとっては一生に関わる事です。私は手術したことによって、本当に快適さを手に入れることができたので、今回のニュースは本当に残念です。
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